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日記 育児

やっぱり昭和の日本はサラリーマンと専業主婦の組み合わせがデフォルトモデルだったのかね

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今、ふと見つけた記事に衝撃を受けた。

小島慶子 私が大黒柱に? まじですか、怖い! | 小島慶子のDUALな本音 | 日経DUAL

いや、この記事の本質ではないところなんだけど、以下の記述。

私の父はサラリーマンで、母は専業主婦でした。姉も専業主婦です。私の周りに共働きのモデルはいませんでした。

私が子どもの頃はまだ世間には共働きに偏見があり、郊外の新興住宅地では保育園に通う子どもを「貧乏で可哀想な子」と決めつける空気すらありました。猛烈サラリーマンと専業主婦に子ども二人という家族のモデルがいかにも当たり前のように喧伝されていた頃の話。いまだに日本の社会はそのモデルを元に作られているから現実との齟齬ですっかり立ち行かなくなっているけど。

私は地方都市の商店街で育ったので、どこを見渡しても自営業のおうちだらけ。たまたまうちは商売人家系だったため、親戚もお店やってる家ばかりだったし。

もっと言うならサラリーマンなんてどこに存在するのかよくわかんなくて、専業主婦というのはお医者さんのおうちの子のお母さんだけだった。だから「背広を着て会社で働くお父さん」「仕事をしていないお母さん」という組み合わせはドラマの中だけで成立する虚構だと思っていた。

そういえば、小学校の社会科の授業で親の仕事について調べようみたいな授業だったのかなあ、先生が「お店をやっているおうち」というとさすが商店街が校区にある小学校らしく、私も含め多くの子どもが手を挙げ、次に「お医者さんや歯医者さん」とか「公務員」で数人手を挙げ、最後に「会社員」で一人だけ手を挙げた子がいて、みんなで「ええっ!???」とちょっと前に転校してきたばかりのその子の方を振り返ったことがある。

「なんしよん、なんしよん、お父さん!?」みたいな感じで。

まあ結果としてその子のお父さんは九州電力勤めだったんだけど。

そっかあ、うちの地元にも会社なんてあるのかあ、そうだよね、電力会社は必要だよね、なんて思ったような記憶がある。

その後、小学校で出会ったサラリーマン家庭は銀行員だったし。

今思えばみんながみんな自営業ではなく、お店に雇われている従業員の方の人だっていたろうなあ、とは思う。

とはいえ「会社」というものを全く身近に見たことがなかったし、「外で働いていないお母さん」なんてよっぽどお金持ちのおうちにしかいなかった。

1972年生まれの彼女が見た東京郊外の景色と、1973年生まれの私が見た福岡の地方都市の風景。

かくも違うもんなんだなあ。

私がマイノリティの方だという自覚はあるけどね。

だって彼女が「私の周りに共働きのモデルはいませんでした」と暗中模索してきたように、会社員というモデルが身近にいなかった私は共働き以前に会社員という生き方がよくわからなくて、未だにびっくりすることばかりの日々だから。

でもやっぱり、ほとんどの人にとっては「会社員」というのがデフォルトモデルなんだよね。

だから会社のことも労務のことも、福利厚生なんか他の人にとっては当たり前の話もいまだによくわからないけど、私も我が家の大黒柱だし(いや、夫も働いてますけどね)、今はとりあえず会社という場でこれからも家族のためにがんばっていくぜ、おー!!!







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